まじそんけいにあたい(仮)

ティーの憤懣やるかたねえ

地元

関ジャニ∞と出逢った頃、私はどうしてもこの夢のような8人グループを周りに知ってほしくて大学や高校の友人に片っ端から雑誌やDVDを見せて勧誘しようとしたけれど全く成果は上がらなかった。コンサートに誘っても「KAT-TUNなら行ってみたい」「嵐なら行ってみたい」と断固拒否される日々が続いた。連れ込みは無理だと悟り私は同志探しにシフトチェンジした。当時のeighterの数は決して多いとは言えなかったけれど、周りに何を言われても一生懸命関ジャニ∞を応援し、彼を待ち続けてる姿勢に勇気を貰えた。でもそういった人たちは決まって関西住まいだった。関西のグループのファンなのだから当然なんだけれど、とにかく私は数少ないeighterと会って顔を見て話がしたかった。彼らへの好きを一緒に発散させたかった。でも数年は叶わなかった。2006年春、やっと正式なツアーとして関ジャニ∞が東京でコンサートをしてくれた。やっと私も東京のeighterと知り合うことが出来た。2007年夏、エイトが47都道府県を制圧した。2008年春、初めて、初めて、初めて、地元の駅でツアーのショップ袋を持ったコに遭遇した。だんだんとeighterの輪が広がっていくのをこの目で見て感じてきた。でもそれは全て小さな私たちの世界での些細な変化にすぎなかった。私が関ジャニ∞の話をする度に他のグループを引き合いに出されてもそれでいいと思ってた。わかってくれる人にだけわかってくれればいいと、実際に私が関ジャニ∞にしか興味が無かったことに嘘はないし、それは変えようと思って変えれる想いでは無かったから。言い換えれば、人気なんて出なくていいと思ってた。知名度なんて低いままでいいと思ってた。あんなに素敵な古株のeighterをはじめ、大阪ロマネスクで1人の狂いも無いペンライトの海を作れるeighterの中に自分がいて、彼らがそれを見て満足して笑ってくれるっていう空間がこれから何年も続いていけばそれでいいと思ってた。でも現実は違った。否、私たちが正しかった。

駅前にあるコンビニのこの垂れ幕はいったい何人の目に留まるんだろう。こんなに堂々と名前を掲げてもらえることが、いま関ジャニ∞が置かれている環境や待遇が凄すぎてこわい。「かんじゃに?だれ?」と言われ続けたあの数年間はなんだったのかって。同時に2005年に出たHEY!HEY!HEY!で関根さんに「当たったらデカイ」と言わしめたことを思い出す。当時ダウンタウンも他のゲストも呆れや信じがたい反応しか返してくれなかったけれど、きっと番組を見ていた一般視聴者も同じ気持ちだったろうと思う。私は今それらに対し声を大にして言いたい。
「だから言っただろうが!!!」そんなことは当時からエイトを見てた人なら誰だってわかってたことだろうが!!!その後もエイトに巻き込まれて虜にされた人たち全員が悟ったことだろうが!!!1つだけ桃色の大きな誤算はあったにせよ、これだけ大変な祭りになってることを当時の私に伝えたらきっと超ドヤ顔で「ですよねーwwwwww」て言うだろうな。